Gibson J-160E - ノーベル賞級のアコースティックギター
ビートルズの名曲『ノルウェーの森』でも聴くことができるJ-160Eのサウンドは、未知のトーンで多くのリスナーを魅了しました。今回はスクエアショルダーのJ-160Eのパーツやスペックを細かく見ていきましょう。このギターからは、特殊なパーツを軽々と作ってしまう当時のギブソン社のマニュファクチャラーとしての力量を感じます。
目次
未知のサウンドを奏でるJ-160E
ビートルズの名曲『ノルウェーの森』でJ-160Eが奏でるギターサウンドは、ふくよかでパンチのある当時のアコースティックギターとは明らかに一線を画し、「くすんだ霧が垂れこめる北欧の森林に鈍く響く木立」のような未知のトーンで、多くのリスナーを魅了しました。
ジョージ・ハリスンとジョン・レノンがリヴァプールのラシュワース楽器店で手に入れたお揃いのJ-160Eが、ラウンドショルダーとよばれる初期モデルだったのに対し、今回紹介するモデルは、後年ポール・マッカートニーが愛用するようになったのと同じ、スクエアショルダーとよばれる60年代後期~70年代のモデルです。随所に過渡期のヴィンテージっぽさが見られるので細部を見てみましょう。
なお同時期のカラーカタログを見ると、まだラウンドショルダーが掲載されていて、明らかにギブソン社の宣伝部門が手を抜いたとしか考えられないチョンボです。
悪名高きマスキングロゴと3ピースマホガニーネック
まずヘッドストックのロゴですが、「大まかにカットした白蝶貝にマスキングで文字型を抜く」60年代の最後から70年代初期までのスペックになっています。多くの個体で、経年の塗装劣化により黒い部分がはげ落ちて、ロゴがGibsonと読めなくなる「悪名高き作業効率化」でした。
本機は保存状態が良い方なので崩壊していませんが、マスキングのフチ(画像の→部分)を注意深く見ると、ところどころに「きざし」が見えるかと思います。
ネックはホンジュラスマホガニーを丁寧に3ピースで貼り付けた70年初期のスペックで、シリアルナンバーはサウンドホール内のラベルではなくヘッド裏に刻印されています。
ボリュートのない3ピースマホガニーネックというのは、なんとなく見慣れなくて印象が新鮮ですね。
クルーソン・ペグと特別仕様のブッシュ
クルーソンは、まだKluson Deluxeの刻印です。同年代のDoveやハミングバードでは、ヘッドに当たりそうなコブの部分をカットしてシングルリングに加工されているものが多いです。ネックのスペックを見ると、ペグはGibson Deluxeでもおかしくない時期なので、Kluson Deluxeなのはうれしいですね。
次はブッシュに注目してください。
外側のリング部分が二重に見えます。
分解してみると、なんとグローバーのように「ワッシャー」をかませてありました。これは私にとって学生時代から長年の謎で、当時のFVやSG、LP、ESシリーズには見られない独特の仕様です。
アナログの真骨頂なサウンド
ブリッジには本来、高さを調整できるアジャスタブル機構が搭載されていましたが、前オーナーが通常のストレートブリッジにチューンナップしています。
J-160EはJ-45のXブレーシングとは異なるラダーブレーシングを採用し、P-90とアジャスタブルブリッジのトリオの組み合わせで、硬めで軽快なオリジナルサウンドを奏でるギターですから、ブリッジ部分に手を加えるのは賛否両論あると思います。
生音に近いサウンドが得られるピエゾピックアップが主流の現代においてP-90を採用している点は、アースがとれないことやブロンズ弦が使えずESシリーズのようなサウンドになる傾向から、メリットよりもデメリットもしくは独特なキャラクターとして受け取られる前時代的なモデルです。それだけに『ノルウェーの森』や『アイ・フィール・ファイン』で聴くことができるJ-160Eにしか出せないウルトラモダンなサウンドは、エフェクターやデジタルで再現するのではない、アナログの真骨頂かもしれません。
独特な模様のディッシュマーカー
パーツをもう少し詳しく見てみましょう。
ディッシュマーカーは、60年代後期からのガラス模様で、独特のパターンが68GTなどと共通しています。
近年はイタリア製のヴィンテージセルロイド模様が復刻されていますから、ヒスコレの59年代モデル・チューンナップが可能になったのですが、この60年代後期ポジションマークの模様を再現した素材は再生産されておらず貴重な存在です。
特殊なポールピースが使われたP-90ピックアップ
ピックアップは、一見どうやって取り付けているのかわからないぐらい本体に馴染んだデザイン処理が施されています。分解して全体を見るまでは、レスポール・ジュニアなどに搭載されていた羊羹のような大きなピックアップが隠されているとは思えませんでした。目を凝らすと、サウンドホールの隅っこにチョコっとP-90が見えていますね。
取り付けの構造がわからないので、まずは6本あるポールピースを外してみましょう。この段階で、ポールピースが通常のP-90やPAFよりも長い印象を受けました。
ポールピースをすべて取り外すと、漫画の吹き出しのようなハート型のキュートなプラスチックプレート(ピックアップカバー)が外れます。
裏側から見ると、どうやら成型品のようです。
ピックアップカバーとピックアップの間にはボディトップしかないので、必然的に「穴が開いている」状態です。
ピックアップ本体は、表裏ともに60年代のSG JrやSpecialに搭載されていたタイプと同じにみえます。
しかし前出のポールピースが決定的に異なっていました。同年代のPAFピックアップのポールピースと比較すると、随分と長いのがわかります。
これは新しい発見です。こうした面倒な特殊パーツの準備を軽々とやってしまうところが、当時のギブソン社のマニュファクチャラーとしての力量に感じられます。一方で、現行モデルがどのような型になっているか、機会をみてレポートしたいと思います。
ネジの流用でディープな発見
ピックアップカバーを外していて気がついたのはポールピースの他に、カバーをボディに取り付けている小さなスクリューの年式です。これはネジ切りが途中までしかされていない50年代のスペックです。なんと、ギブソンとしてはめずらしく「ロッドカバースクリュー」を流用しています。
当然ロッドカバーのスクリューも50年代…と、思いきや、こちらはちゃんと60年代のスペックです。
おそらく、パーツ部門での品番が「J-160E用P-90のカバーとスクリュー2個」というセットだったのでしょう。10年後の60年代後期の本機に搭載されているのを考えると、ずいぶんと現場で在庫を持っていたのですね。
そして、ネジの流用としてもう一点。
マニアの方はすでにおわかりかと思います。そう、ファイヤーバードのロッドカバースクリューと同じものが、ピックガード止めに使われています。これはなかなかディープな発見ではないでしょうか。ネック寄りの1本だけ、バックパネルスクリューなのが不思議です(笑)
ちぐはぐなのに憎めないギター
ネジ以外にも全体を見渡して思うのは、コントロールノブがエレクトリックからの流用だったり…
高額なアコースティックギターなのに、ストラップピンがメロディーメーカーと同じ樹脂製だったりと…
結構ちぐはぐなのに憎めない、過渡期を生き抜いてきたギブソンらしいダイナミズムが現れています。
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