レスポール・アーカイブス「Bird of Paradise」後編 by Hiro

「音の感触まで同じだよ。マジックだな。もう一生会えないと思っていた相棒に遭遇した感じさ。どうやったらこんなリメイクができるんだ?」「だから、僕は君と同じくらい、このゴールドトップの事を知っているって言ったじゃないか」

当時の寄稿を原文のまま掲載させていただきました

1時間ほど遅刻してリハーサル会場に入ると、ホールの左隅っこにジェフが準備してくれた、ちっちゃな椅子が見えた。

「ここに、ギターをスタンバイしてなさい」
「Hey、今日中に出番はあるかい?」

僕は、声にもならないため息をついて、お世辞にも座り心地良いとはいえない、スチール椅子にお辞儀をし、Gatorのケースを足に挟んで腰掛けた。
スノーウイーは、パブで飲んでいても、ライブの後でも、移動中でも、ギターケースを常に両足の間に挟んでいる。だから、ジェフに向かって、同じ仕草を真似してみせた。スノーウイーにとって、人に預けない、触らせない、愛器のゴールドトップはいつも別格だったのだ。

じゃあ、なぜ今、僕は過去形で語っているのか。何十年大切にしても、連れ添っても、愛し・愛でても、関係が壊れるときは突然やってくる。それは、未曾有の悲劇に遭遇した被害者のようにオーナーを驚愕させ、行動を制御する。つまり、端的に表現すれば「スノーウイーが愛器のネックを折った」あるいは「不可抗力によりネックが折れた」のだ。

9月15日から56回にも及ぶ全米公演中の出来事で、彼は失意もそこそこに代替のギターに持ち替え、平静を装うしかなかった。このギターは、彼が1968年にスウエーデンで公演したとき、確かスリーピースバンドだったっけ、Fenderの1963ストラトと交換して手に入れたギターで、それ以来ずっと彼の寵愛を受けてきた。

夜中にツアーマネジャーから電話があったとき、ベットから這い出した僕のデスクには楽譜しかなかった。だから、すばやく真ん中に線を引き、右にSnowy、左にD.J.とだけ書いて、電話口で捲くし立てられる言葉の断片をメモした。その後は記憶がない。翌朝、まずいレトルトのマカロニ・グラタンを食べながら、ヨーグルトの開けづらいパッケージと格闘している最中に、その楽譜に引かれた境界線を見ながら、一つ一つのスペックを思い出す事にした。とにかく、5月上旬までにギターを二本準備してくれってことだな。

もとより僕には「スノーウイーのギターを、スノーウイーと同じくらい正確に思いだす」自信があった。ブルースを求めるなら、Snowyを聞けば良い。そして、彼のゴールドトップを思い起こせば事足りるのだ。人生で自分が裏切ったもの、見捨てたもの、犠牲にしたもの、それらすべてが凝縮されて、ゴールドトップの呪縛となっている。だから、僕は、このギターをD.J.にオーダーするときに、何枚もの写真とスペックとCDと、書き記すのも赤面するようなありとあらゆる賛辞の言葉を並べて、いかにスノーウイーの愛器が特別かを伝え得る必要があったのだ。

今日、ここで、僕が出来上がったギターをスノーウイーに手渡すまで、深夜のメモを書き記したノートは、ただのノートでしかなかった。音楽でなければリズムでもなく、作品でもない、文字の羅列だ。しかし、ここにある7-1957は、プラグインした直後から唸りを上げ、スノーウイーのうっすらとした期待を、確信に変えた。

固いレカロのシートにも似た、しっかりとしたグリップ。鉄の鳴りが伝わるトラスロッドとネック。ハカランダのフィンガーボードに馴染むフィンガーバンプ。

リアのトーンはPush Pushのフェイズ・スイッチになっていて、フロントとリアはリバース。PUリングはトールのブラックM69だ。

ペグは、W.GermanyのSchaller M6。PUカバーのコンディションが良くて、そうそう、ピックガードは無い。ABR-1は、Gibsonのヴィンテージ・ノンワイアーをリメッキした特製だ。もっともっと細かなことを挙げればきりがない。

いまは「期待するものと、実際に出来上がったもの」に横たわる深い溝が埋まって、このゴールドトップは良い方向に、ここにいる全員の羨望を集めていた。G.E.(Smith)は、「いったい何が起こったんだい?」というまなざしで、僕に視線を送っている。

「音の感触まで同じだよ。マジックだな。もう一生会えないと思っていた相棒に遭遇した感じさ。ネックの振動は、弓を引いた時みたいにガツンとくる。どうやったらこんなリメイクができるんだ?グリップ・シェイプだって完璧だ。まるで俺の手の大きさまで知りつくしているようじゃないか」
「だから、僕は君と同じくらい、このゴールドトップの事を知っているって言ったじゃないか」

それから一時間程経った。シールドを抜く「カシャ」っという音が聞こえるまで、僕はマーフィーも飲まず、マルボロも咥えず、スタジオの隅で入念に「こいつ」を眺めつづけていた。眺めるところがなくなると、もう一度、ペグからテールピースまで、一つ一つのパーツをチェックした。そして、スノーウイーにさっきの続きから話し始めた。

「いいだろ?」
「ああ、いいね。そう、そうなんだ。いいよ、素敵だよ」

この称賛を私が独り占めしていいのだろうか。 

ピックアップリングは、スノーウイーのそれと同じように丹念に削り、傷つけ、ドライヤーでゆったりと曲げ、茹で、また削り、スクラッチを付けられている。そして、この作業を10回以上繰り返す。仕上げには、作業場の隅に大切にとってある、古い埃と錆をすりつけて。宗教の儀式のように、正確で手順をわきまえ、ルールに従った作業だ。クロームメッキのピックアップカバーは、PUリングと同じ位置にピッキング癖が来るようにそろえて削って、さらに表面に凹凸を付け、ガサツさを演出する凝りようだ。ノブのエイジドを見るたびに、なんでこんなに手間暇かけてるんだろうって思うけど、確かに4つ揃ったエイジド感っていうのか、そういった自然な不自然さが際立ってくるし、ポインターが寝ているのは、スノーウイーのギターがそうなっているからで、一つ一つ模倣を超えたチューンナップに合わせていくメカニックの様だった。

これらは、すべてがギブソン入魂のヒスコレに、新たな生命を吹き込む尊い儀式に違いなかった。

そういえば、村上春樹がエッセイで書いていたっけ。クラシック・カーのレストアと同じ。どこかを無理に修理すると、他のところが目立ってくる。でも、このギターはそのままの姿、傷、クラック、改造跡、日焼け、パーツ、すべてを模した、スピリチュアルなつながりだ。

こいつが、スノーウイーの相棒として観客を感動させることが出来ればそのステージは最高である。もう、ギターを四六時中抱かなくて大丈夫だ。5月7日からのロンドン公演は、まかせておこう。僕は、このギターとあのギターの間にある、輪郭の無い空白に包まれていた。

※7-1957のサウンドが、YouTubeでお聴きいただけます。

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