Kalamazooの贈り物 - 工場視察とチェット・アトキンス・モデル 後編

前回に引き続きギブソンの歴史を振り返っていきましょう。近代的な加工マシーンが並ぶナッシュビル工場の写真からは、新時代を切り開くギブソンのチャレンジスピリットを感じます。ピックアップの魔術師とよばれたTim Shaw氏の貴重な写真もご紹介。

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木材の確保は当時からの課題

このページは文章編です。1969年にネックを3ピースにしたり、その後ボリュートをつけたり、数々の変更は、貴重な木材資源を有効に活用するギブソンの知恵であった…と誇らしげに書いてありますが…まあ、とにかくこの頃から良質の木材確保は深刻な経営課題だったようです。

工場スタッフの紹介

右下の写真では工場長のJim Deurlooさんと彼を囲む工場スタッフが名前入りで紹介されています。この人たちの退職記念品も、ギターシェイプの置時計だったのでしょうね。

ナッシュビル工場が作られた理由

ここからはナッシュビル工場の設立経緯について長々と説明しています。「そもそもギブソン社はアコースティックとエレクトリック・ソリッドボディを同じ工場で並行して作ることを効率的としていなかった」と説明されていますね。1975年にナッシュビル工場が稼働して、最初のギターがLes Paul Deluxeだったというのは、これを読んで初めて知りました。

ナッシュビル工場の紹介

写真はナッシュビル工場の内部に移ります。NCルーターやら自動切削マシンやら、近代的な装置がならんだ工場内部は、カラマズーと比較するとモダンな印象ですね。ちなみに、この記事の最初の画像に写っていたレスポールのボディはカラマズー工場のレフトオーバーパーツなので、ナッシュビルでの加工工程とは異なるのがわかります。

ピックアップと弦の製造が中心のエルジン工場

あまり知られていない第3の工場が、イリノイ州シカゴの西にあるエルジン工場です。ここはピックアップと弦の製造が中心でした。当初はギブソンのリプレイスメントパーツは単体売りをしてくれなくて、ピックアップも断線した現物と交換という仕組みでした。しかしギブソンも、ディマジオなどの新興勢力に対抗すべく、いろいろなバリエーションのパーツを販売するようになります。この時代のピックアップのネーミングは秀逸で「Laid Back」「Velvet Brick」「Dirty Fingers」「True Blues」など、名前を聞いただけでも「音が聴きたくなる」響きにあふれていました。エルジン工場の住所が「Fleetwood」ってのが、Stevie Nicks好きの筆者としてはシンパシーを感じます(微笑)

ピックアップの魔術師Tim Shaw

あとは研究部門の解説になっていますが、貴重な写真を一枚。ピックアップの魔術師とよばれたTim Shaw氏が写真で登場しています。めずらしいですね。

白黒写真でしたが、貴重なファクトリーツアーを楽しんでいただけましたでしょうか。Kalamazoo工場とGibsonの歴史、NashvilleやElgin、そして時代を切り開いたChet Atkinsモデルや近代的な加工マシーン。飽くなきロックへのチャレンジが織りなす製造業の変遷、深いですね!

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